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碧濤のひとりごと

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無題

人間、一生懸命頑張って生きることは良い事だと考える。一方、一生懸命頑張った結果、矢折れ刀尽きる事もある。が、命は大事にしなければならない。無理をせず生き抜く事が生物として、人間としてが基本と考える。自殺者が大勢出ている今の日本、何か無理をしていませんか。「人類の生存が大事か、経済の発展が大事か」を問うてみると分かるような気がします。肩から力が抜け80%の生き方ができるような気がします。

80%の力

 過去のいろいろな失敗を考えてみると、ほとんどが余裕のない中で起きたことではないか、と思い至る。仕事の行き詰まりも、ライフワーク上のスランプも、成就しなかった恋愛だってそうではなかったかとさえ思える。ずっと後になって気づくことなのだろうが、その時点では100%の力を出していて、周りなんかは見(え)てはいなかったのだ。
 本当は80%の力で事に当たり、20%の余力を残しておけば周りが見える。競争相手が100%で向かっているのに、80%では負けてしまうと思うなら、自分が120%以上の力を付けておくしかない。そして、行動するときに20%を抜く。この20%は肩の力というやつである。
 先日、80才を過ぎた高名なM先生を交えた若手学者(と言っても50才過ぎだが)の討論会があった。若手学者の話は、奇を衒ったような造語が随所に出てきて、「俺が、俺が」という自慢話にさえ聞こえ、聞いているこちらの肩に力が入ってしまった。M先生は終始穏やかな話しぶりであったが、話の内容から、すさまじい闘士の時代を経て今があることがしのばれた。話す人が80%の力であれば、聞く人も楽に聞けるものなのだ。もちろんM先生は自然にお話しされているだけかも知れない。私もライフワークは20%の力を抜くことを意識しながらやっているつもりだが、興に乗ってくると周りが見えなくなっている。力が足りない証拠だ。老害にはなりたくないが、生きていれば、このまんまで80才になるんだろうな、と不安と不甲斐なさをちょっぴり思った。

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無題

人間、一生懸命頑張って生きることは良い事だと考える。一方、一生懸命頑張った結果、矢折れ刀尽きる事もある。が、命は大事にしなければならない。無理をせず生き抜く事が生物として、人間としてが基本と考える。自殺者が大勢出ている今の日本、何か無理をしていませんか。「人類の生存が大事か、経済の発展が大事か」を問うてみると分かるような気がします。肩から力が抜け80%の生き方ができるような気がします。

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