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碧濤のひとりごと

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指導者の器

 数日前、92年バルセロナ大会の男子柔道金メダリスト古賀稔彦氏が53歳の若さで逝去された。04アテネ、08北京大会女子金メダリスト谷本歩実さんを育てたことでも知られる。人の役に立つ柔道家を育てたいと町道場を開設し、指導に医学的な視点を採り入れたいと大学に入り直し、40歳で医学博士号を取得したというから頭が下がる。彼の逝去を惜しむ記事を見ていると、本当に強い指導者は優しい人でもあるのだなあ、と思った。
 しかし、強い選手が必ずしも良い指導者になるとは言えないようだ。古賀氏の訃報と時を同じくして、空手指導者の不祥事ニュースが飛び込んできたからだ。東京五輪の組手女子選手が、選手強化委員長から、防具を着けていない顔面を竹刀で突く危険行為を受けたという。彼女は、失明の危険性を訴え、竹刀に緩衝材を付けるなどの対応や練習中止を求めたが、選手強化委員長に受け入れてもらえず、実際に目を負傷したこともあったという。経緯については被害選手のブログに詳しい報告がある。
 組手練習の一環とはいえ、竹刀で素の顔面を突くというあまりに危険な方法に呆れ返る。もともと空手を指導するのに竹刀など不要だが、一歩譲って、「女性に直接触れないセクハラ防止上の指導のため」なら、扇子一本に代えればいい話だ。竹刀よりよほど人間らしい接し方ではないか。  この選手強化委員長が組織最高指導者の一人であり、さらに同じ松濤館系の大学空手部で学んだと聞くと尚更のこと腹立たしい。学生なら温情の余地もあろうが、何度も優勝を経験しながら65歳にもなって武道の何たるかを知らない空手指導者との誹りは免れないだろう。要職に伴う責任は重い。船越義珍先生がご存命なら、即刻破門の案件であろう。
「稽古着が白いのは、血が滲めばすぐに分かるから、怪我を隠す弟子をいち早く発見する意味もあるのだ」と聞かされて私は育った。戦前、松濤館の船越義豪師範は、体調を崩して稽古に参加した学生の、普段とは違う様子を見抜き稽古から外れるように指導されたという。厳しい稽古の裏には深い思いやりの心がなければならない。義珍先生が、大学生を中心に教えたのも、「技術より心術」を体現するのに、常識ある指導層としての学生の未来に期待されたからであろう。勝負を左右する「技術」にこだわることより、戦いを避けるための「心術」を、激しい稽古の中で学ぶ重要性を期待されたという意味だ。
 低俗な「根性」とか、危険すぎる「緊張感」は強制して植え付けるものではない。自ら工夫し、自らに試練を課していく中で自ずと育つものと思う。指導者の叱咤激励はそのための範囲に留まるべきものだ。なぜこんな低俗な指導者が生まれるのか。空手界の不祥事に触れるたびにやりきれない思いが残る。世界中に知られるようになったオリンピック空手ゆえに、この指導者を他山の石として組織全体を見直してほしいものだ。本当に強い指導者は優しい人なのだ。

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