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碧濤のひとりごと

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膝送り

 「エチケットは心、マナーは形」と言ってしまえばそれまでだが、「心は形を求め、形は心をすすめる」と言われれば、何となく人の有り様も教えられる気がするものだ。
 先日、乗り込んだ地下鉄は、座っている人と、立っている人がほぼ同数であった。座席の隣同士はかなりゆったり陣取っているため、少しずつ「膝送り」をすれば、立ち人の多くが座れるのだが、ゲームやメイルに熱中しているのか、多くの若者は携帯画面に見入り、それ以外の人は、立ち人に配慮するでもなく何事もないかのように座っている。 こんな情景にはいつの間にか慣れっこになっていて、こちらも、腹も立たずに立っていたが、目の前の20歳前の男子学生が携帯画面に見入ったまま、隙間を詰めた。するとその横に座っていた同じく携帯を見たままの若い女性が反対側に隙間を詰めた。二人のさらに隣の人は膝送りに同調しなかったので、私の目の前にできた一人分の空間は若干狭く、一瞬どうしようかと思ったが、「ありがとう」と言いながら好意を受け入れた。
 別に、こちらを見るでもなく携帯を見つめたままの二人ではあったが、まだ、このような若者がいるというだけで、嬉しいような、ホッとするような気持ちになった。降車駅が近かったので、同じ状況なら、立ったままの方が気楽と好意を無視する大人も多かろう。心の伴わない形だけのマナーより、形にはまだ至らないものの不器用な若者の心を汲みとりたいと思う。肩をすぼめたままの座席は確かに窮屈だったが、若者の好意は十分に私の心を拡げてくれたのだから。

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