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碧濤のひとりごと

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無題

どういう訳か治世者に都合の悪いことはマスコミでは扱いが小さかったり無視されたりする。原子力発電は廃炉による経費、放射能汚染物の処理まで含めて電気料を算出すると他の発電経費とは比べ物にならない高額となる上に放射能汚染の問題が解決されていない。資源エネルギーを活用した発電技術の開発を早急かつ全力で取り組む必要があります

大きなうねり

 3月から始まった官邸前の金曜デモは、かつての安保闘争のイデオロギー対決とは異質のものだ。政治家や知識人の一部が何と理屈をつけても、普通人の感覚で<命より大事なものはない>ということで結集しているからだ。
 300人規模で始まったデモは、6月に入り参加数が急上昇した。7月29日の国会包囲デモは主催者発表では約20万人という。警察発表が1万から2万人というので、10倍の差があるが、数え方の違いでは済まない意図的なものを感じる。外国が大々的に伝えているのに、デモの全容を伝える国内ニュースが少ないのも、何らかの力が働いているからと勘ぐらざるを得ない。
 利権にかかわる者は、参加数をなるべく少なく言い無視したいことだろう。脱原発運動は一時的な盛り上がりで、原発の必要性は全く失われていないとしたいことだろう。
 原発がないと燃料代が割高になり、電気料は上がるというが、電気料は原発施設の巨額な資産価値が上乗せされ、定率利潤が加算された<総括原価>を販売電力量で割り算しているからもともと高いといわれる。廃炉にすれば資産価値が減るので、電気料は下がる要因となるし、定率利潤も落ち込むから、人の命より会社の存続・利権を優先する電力会社としては受け入れがたいのだろう。
 電力会社が計画停電に踏み切って原発の必要性を訴えても、妥協してはならない。福島原発のような<人災>は起き得る事態であり、万が一にもあってはならないからだ。
 経済成長する時は電力需要も増えるから、化石燃料が手に入らないなら原発稼働はやむを得ないという意見もある。しかし、連日30度を超える猛暑の中で停電することなく乗り切っている事実は、原発なしでやっていけることを示唆する。天然ガス等入手先の多様化、自然エネルギーの自家発電、夜間電気の蓄電化、時間変動型料金制度などの工夫が相まって、電力変動の平準化を促進するだろう。穏やかな経済成長分くらいの電力需要増は飲み込める余地があろう。
 国は脱原発社会の未来図を示さねばならない。それが政治の責任である。
 我が国に「大きなうねり」が起きようとしている。「おとなしすぎる日本人」を揶揄する外国報道もあったが、官邸前に集まった人だけが、脱原発を言っているのではない。デモを支援する声なき声が後ろに控える。真の民主主義の萌芽としたいものだ。
 政治決着の仕方はいつも中を取る、折り合いがある。「20年後の廃炉を目指せ」では、何年経っても止めることはない。国民が、「すぐに止めろ」という声を出し続けない限り、国は脱原発には向かわないだろう。「すぐに止めること」と「すぐに止めろと言うこと」は違うのだ。
 息の長い運動になる。国民の傍観と無関心が拡がらないことを祈っている。

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無題

どういう訳か治世者に都合の悪いことはマスコミでは扱いが小さかったり無視されたりする。原子力発電は廃炉による経費、放射能汚染物の処理まで含めて電気料を算出すると他の発電経費とは比べ物にならない高額となる上に放射能汚染の問題が解決されていない。資源エネルギーを活用した発電技術の開発を早急かつ全力で取り組む必要があります

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