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碧濤のひとりごと

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喜ばれる喜び

 海外協力のあり方として何度か放映されているテーマだが、現地にある道具や材料を使って、井戸掘りやかまど作りをするという番組があった。支援される側にとっても、現地で再生産できる生活密着型技術の波及効果は大きい。熱効率の高いかまどは燃料の大幅な節約になるし、水汲みに遠路まで行く労力も時間も別の仕事に使える。作業を通じて日本人との交流も育くまれるから、カネやモノの提供ではできない、日本への理解、つまり裾野の広い文化交流ともなるだろう。井戸掘りやかまど作りを通じて、現地の人たちから貰った感謝の言葉は、日本人職人に、いつまでも喜びとして残るものだろう。喜んでもらえた、という喜びに勝る喜びはない。改めて、日本人が受け継いできた感性や、職人技術の高さを誇らしく思った。
 巨大なインフラや工場、機械の援助などは、為政者や大企業の利権に結びつきやすい。原子力発電所の輸出もその延長線のものかもしれない。利他的に見える行為も、悪魔の魂が潜むものなら、手に入れた喜びは刹那的だろう。利権を手にした途端に餓鬼の心は新たな利権を嗅ぎまわることになる。
 今から20年以上も前になるが、漁師宅の庭先を切り込む道路工事を担当したことがあった。前浜を望む崖の上にその家があった。前任の担当が「家は引っかからない」と、庭の一部の補償だけで済まそうとしていたが、拡幅道路の法面が切り上がって自宅に迫ってくるものだから、高齢の漁師に納得できるわけはなかった。私がその工事を引き継いで、岩盤強度を低く見積もり、自宅ごと補償したことがあった。岩盤強度には幅があるから、不適切な判断をしたわけではない。低い強度とすると、切り取る斜面を緩くしなければならず、掘削土量が増え自宅が引っかかることになる。自宅の移転場所も役場に掛け合って前浜隣接地に役場所有の空き地を見つけた。
 転勤する時、職場仲間に別れの挨拶をしていると、とっくに忘れていたその漁師が、箱いっぱいの獲れたての魚を持って見送りに来た。あの時の喜びは、今でも懐かしく思い出される。人生はしみじみとわき上がる喜びの中で年老いていきたいものだ。

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