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碧濤のひとりごと

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人間性と知性

 西村凛太郎君(俳号:小林凜)は2001年5月、未熟児で生まれた。未熟児特有の障害を標的に同級生からいじめられ、教師の心ない対応もあって、小学校を途中から自主休学した。彼は、生きる希望を俳句に見つけた。以下は、句集「ランドセル俳人の五・七・五」(ブックマン社)の中の10才、11才当時の句である。
 いじめられ行きたし行けぬ春の雨
 亡き祖父の箸並べけり釣忍
 生まれしを幸かと聞かれ春の宵
 ゴーヤ熟れ風に新聞読まれけり
 携帯の音かき消して蟬しぐれ

 彼の句に触れながら、救いの網に外れているだろう多くの子ども達の現状を思った。ギスギスした現代の、いじめに苦しむ生活環境は、私の想像及ばぬ地獄であろうが、彼の句は、経験や知識を超えたところにある、人としての存在意義、根源価値とは何かを考えさせた。我々はいつの間にか、心も身体のように「成長」すると考えて子供に接しているが、そもそも、心が成長するとはどういうことか。
 ふと11才当時の自分が思い出された。義理の祖父母宅の二階に一家が間借りしていた冬の朝、階下の祖父母が使う茶の間のストーブにゴミをこっそり捨てたことがあった。屋外まで捨てに行く、割り当てられた仕事の手間を省いたのだが、祖母の収まらない怒りに、だんだん知らんぷりを決め込めなくなり、父に打ち明けた。鉄拳を覚悟しての震えるような涙の告白に、予想外の父の笑顔があった。謝罪しても和まぬ義理の祖母の表情には、他人であることの意味を知った気がする。あの時の自分の心の動きは鮮明で、50年以上を経ても色あせることはない。
 この句集の存在を知ったころ、手話を教えられたゴリラを紹介するテレビ番組があった。人間と手話会話ができるというだけでも驚くのだが、ゴリラの「死生観」は更に<人間性>とは何かを考えさせる。2千語を手話で使いこなすというメスゴリラのココと、ムーリン研究員の会話である。(参考URL http://www.qetic.jp/blog/pbr/archives/4279 )
 ムーリン研究員: このゴリラ(人形)は生きているの、死んでいるの?
  ココ: 死んでいる さようなら。
 ムー: ゴリラは死ぬとき、どう感じる?幸せ、悲しい、それとも怖い?
  ココ: 眠る。
 ムー: ゴリラは死ぬと、どこにいくの?

  ココ: 苦労のない 穴に さようなら。(Comfortable hole bye.)
 ムー: いつ、ゴリラは死ぬの?
  ココ: 年とり 病気で。
 感じたり、思ったりするのはゴリラも人と変わりはない。しかし、人は感じたり思ったりするだけでは済まず、概念化し意味づける。ただある「半分の酒」を「半分しかない」とか、「半分もある」と「分別」する。人は、この「分別」という<知性>の「業(ごう)」の中にいて一生苦しむ生物である。そして業の束縛からの解放を求めて止まない生き物でもある。
 経済優先社会も突き詰めれば「知性」にもとずく。その極ともいえる原発大震災という人災があっても、社会のシステムは、まるで天の啓示さえ無視するかのように動こうとする。
 本来、いろいろの種があるだけの生き物を、知性が人間に近ければ上等、遠ければ下等と分別する。<人間性>とは何か。凜太郎君の俳句もゴリラのココの手話も、それを問うている気がする。「我々の無知が彼らの力だ」というバークレー市民の人権標語が思い出される。
 どうにも抗えないような負の力が、人間という種そのものを破滅しかねないほど巨大になっている現代、<知性>が<人間性>を無視して一人歩きすることは許されない。<人間性>とは何かを、個々人、地域、社会全体が問い直さねばならない時のように思える。

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