2011/09/22 Category : エッセイ ipod 「古いけど使う?」と言って、息子がipodをくれた。特段、欲しくはなかったが、もらうに越したことはないから、少し大げさに欲しがってみせた。画面の小さいことは高齢者には少し辛いが、結構おもしろく使い始めた。 自室のパソコンは茶の間のルーターから無線で飛ばしてネットにつないでいるが、ipodがあれば、寝床でも、トイレにいてもインターネットができる。パソコンにため込んだ動画もサイズダウンしてipodに移した。 機種は古いというが、売り出したのは3年前のことだ。私の年代に3年前は最新型だ。売り出し価格は2万円程度だから、機能を考えれば安い。それ故か、大切に使ったとは思えない画面の傷をこれ以上進めないため、保護シールを求めた。しかし、今出回っている機種は第4世代とかで、2世代前の保護シールは量販店にも見当たらず、百円ショップの売れ残り品にようやく見つけた。たった3年前の機械なのに、それを大切に使いたい人のための関連用品が市中にないのは、おかしいな、と思った。 そして、一週間ほど使っているうちに自分に腹が立ちだした。寝るために寝床に入るのであり、用を足すためのトイレである。寝付くまで、用を終えるまでの時間は一人熟考すればいいし、あるいは無為の時間でもよいではないか。確かに便利と言えば便利かも知れないが、機械を持ち込む必然性はない。何で、そんな時まで、機械を使い、使われなければならないのだと、次第に馬鹿らしくなってきた。結局、パソコンに収めたスケジュールを持ち出せて、趣味仲間への話題提供に動画再生できればよいだけと思い定めた。 モデルチェンジが行われ、若者はそれにつられて購買意欲を刺激される。高度成長期はそれでよかったかもしれないが、もの溢れ、少子化で購買人口は減り、企業はモデルチェンジを加速しているように思える。生産のためには当然、<資源>も<電気>も大量に使うはずだ。そのような産業構造の故に原発推進派を増長させてきたのではないのか。 生産スピードを落としても、企業利益を高め雇用を維持できるシステムがあるべきだ。脱原発を言うなら、その覚悟を自分で再確認することも必要だ。 外出先で、ipodに移したワールドカップ女子決勝のハイライト映像を見ながら、画面の向こう側に、原発推進一家のほくそ笑む、ずるがしこい顔が見える気がした。 9/19 集会がyoutubeに流れています。後半の武藤類子さんのお話が素敵です。 http://www.youtube.com/watch?v=k5Q5cRWpQaU [1回]PR Comment0 Comment Comment Form お名前name タイトルtitle メールアドレスmail address URLurl コメントcomment パスワードpassword